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1998年7月25日に起こった和歌山のカレー毒殺事件について、20年たった今でも記憶している人は多いだろう。

今と同じように暑い夏の出来事だった。夏祭りという楽しい場で、子どもたちにもふるまわれるカレーにヒ素が混入され、たくさんの方が被害にあわれた悲惨な事件だった。

林真須美死刑囚は無罪を主張し上訴し続けたが、2009年に死刑が確定し収監されている。

長い人生の中で、悔しい思いや絶望感を味わうことはあっても、人の命を奪ってしまいたいと思うほどの感情に支配されたことは1度もないが、事件を再考することで、関係者がどれほど長い間苦しい思いをするか、傷が癒えないかを知り、世の中の犯罪のブレーキになれば幸いに思う。


 

事件概要は飛ばして【両親が保険金詐欺をしていた頃の子どもたちの生活】から読みたい方はここからジャンプ


和歌山カレー事件 概要

1998年7月25日、和歌山県和歌山市の園部地区で行われた夏祭り。

その祭りで振舞われたカレーを食べた67人が腹痛や吐き気などを訴え、小学4年の男子児童と高校1年の女子生徒、園部第十四自治会の会長と副会長の4人が亡くなった事件。

被害に合われた方々は、会場で食べた者、自宅に持ち帰って食べた者など様々だったが、当初保健所は食中毒によるものとしていた。

和歌山県警が吐瀉物を検査し、青酸の反応が出たことから青酸中毒によるものと判断されたが、症状が青酸中毒と合致しないということで、警察庁の科学警察研究所が改めて調査して亜ヒ酸の混入が判明。



両親が保険金詐欺をしていた頃の子どもたちの生活


金庫には毎日札束が入っていて、長男はその札束をブロックのようにして重ねて遊んだこともあったと後日語っている。

欲しいものは何でも買ってもらっていたにしろ、働いている様子のない両親がどのようにして大金を得ていたのかを10歳の長男は、当時知る由もなかったであろう。

ただ、両親が相談して父親を交通事故に見せかけてケガをさせる様子や、父の入院先でヒソヒソ話をしている会話は印象に残っているという。

きっと全て理解はしていかなかったものの、聞いちゃいけない話、両親に問い詰めちゃいけない話題ということを本能で理解していたのだろう。


林真須美逮捕の瞬間子どもたちは?


1998年10月4日早朝5時前、大勢の警察関係者が林真須美の自宅にやってきた。

4人の子どもたちは2階に上がってきた女性警察官から数日分の着替えを用意するように言われ、児童養護施設へと連れて行かれることになる。

空き家となったあと林家の家は、2000年に放火され全焼。

林真須美が逮捕された当日は、長男の運動会だったそうで、前日には母親である林真須美の「お弁当持って行ってあげる」が逮捕前、最後の会話にだった。


楽しみにしていたであろう運動会当日の出来事、約束していたお弁当はもちろんのこと、その後母親が運動会を見に来てくれる機会はないままに大人になった子供たち。

きっと長男は、その日の運動会には参加できなかっただろうし、母親とそのことを話し合う機会も永遠にないだろう。

親子が当たり前のように参加している行事、当たり前の会話、当たり前のふれあい、それが林真須美の子供たちには全然「当たり前」ではないということが改めてわかると、当たり前なことに対するありがたさが湧いた。



林真須美の子どもたち 施設での生活

施設に入った林家の子どもたちは、「ポイズン」というあだ名までつけられ、施設の子どもたちだけでなく職員たちからも暴力を受け、いじめられていたという。

長男は、母から誕生日やクリスマスに毎年届く手紙は読まず、施設の裏の川に捨てていたと後に告白している。

17歳の時に施設を抜け出して、アルバイトをしようにも住所もなく未成年であるためで叶わず、野宿したこともあったという。


子供は悪意がなくても時に残酷で、意味も分からず周りに同調することがある。施設での悪意のあるいじめ以外にも、そうしたことで傷つくことはいっぱいあっただろう。

人は、自分より立場や力が弱い者を見抜く本能があるように思うし、卑劣な奴ほどそれを巧みに利用する。施設の職員に暴力を振るわれたことが本当だったとしたら、その人たちこそ卑劣で弱い奴らだと思う。

17歳と言えば、毎日が自分のためにあり、将来の夢も膨らむ青春真っただ中の年頃。どれだけ悔しかったことか。


20年経った今でも苦しんでいる和歌山カレー事件の被害者たち

事件の現場周辺では現在も、精神的な苦痛に苦しむ被害者や家族が少なくない。

  • 当時10歳で亡くなった男児が通っていた小学校では、今でも給食にカレーを出していない。
  • 「現場も林死刑囚の自宅も目の前。事件を思わない日は一日もない」と、事件で二週間入院した女性。

事件に関係のない我々は、加熱した報道が沈下すると共に、事件を忘れてしまいがちだけど、被害者たちは何の罪もないのに、一生の体や心に受けた傷と共に生きていかなければならい。

それを思うと、毎日起こる事件に大小を問わず影響を受けてしまった人のその後が、どうぞ明るく希望に満ちたものでありますようにと願わずにいられない。


林真須美の子どもたちのその後〜現在

長男には、全ての事情を分かったうえで結婚を決めてくれた女性がいたらしいが、お相手のご両親の反対により破談。

死刑囚の子という境遇を恨んだ時期があっても、思い出すのは優しい母の姿だという。子どもは親を選んで生まれてこれない、そして生みの親の代わりはどこにもいない。

現在、それぞれの人生を歩み、長女は結婚して母親になり、長男が健治の近くに住まい、世話を焼いているらしい。


オンナは母になれば、母性が生まれ子供を守ろうとする本能があるはずだが、時として自分自身の欲望が何より優先してしまうこともある。

林家の金庫には、いつも大金が入っていたという。冷静に考えれば働かない両親が家にいて、常に大金がある状態は子供の教育にもいいわけがない。

それが莫大な遺産が入ったとか、不労所得があるとか、はっきりした根拠のある「働かない大金」であればまだしも、林夫妻は子供に説明できない稼ぎ方をしていたわけで、それは子供のことを考える前に自分たちの欲望が先だったことに他ならない。

両親が罪に問われ、末っ子は確か4歳の時に母親との別れを余儀なくされている。どれだけ寂しかったことか。どれだけ恋しかったことか、それを考えると胸が痛くなる。

親は犯罪者になったけど、長男は今、父親の世話を焼き、母親の面会にも行っていると伝えられ、面会に行った母親の歯が抜け落ち、白髪が増えたことを気にかけたりしている。

それぞれの人生を歩んでいるという4人の大人になった子どもたちが、幸せに暮らせますように。

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